18年前のメモが、AIで作品になった話
MV『ビブラート』制作記
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こんにちは、よかっぱです。
18年前のメモがあります。
そこには、こう書かれていました。
全ての言葉をビブラートに乗せて・・・美しく聞こえればいい
全ての言葉をオキシドールに浮かべて・・・消毒された言葉
全ての言葉をオブラートに包んで・・・本音はきちんと隠して
これ公開するの恥ずかしいな・・・。
当時なにを考えていたのかは思い出せません。
このメモは物理的には捨てました。
でもデータだけは残してあった。
そして18年後。そのメモはMV「ビブラート」という作品になりました。
今日は技術の話ではありません。
そのメモが、なぜ18年後に作品になったのかという話を書いてみます。
結論から言うと、そのメモには当時のぼくの生き方がそのまま残っていました。
18年前の言葉を作品にしたというより、18年間かけて理解した自分自身を作品にしたものです。
その話をするために、少し高校時代まで遡らせてください。
本音を言っていたら、居場所がなくなった
高校入学当初、ぼくは思ったことをそのまま口にするタイプでした。
たとえば、友達が3人集まっている場で「ここに友達何人いる?」という話になったとき、
「2人」と答えていた。
「まだ友達じゃない」と思う1人を含めなかったんですね。悪意があったわけじゃなく、ただそのままを言っていた。
今思うとかなりヤバい言動です。
言われた方は、そりゃショックですよね。
でも当時のぼくは、それで相手が傷つくとか考えていなかった。
結果、グループから浮いていって、話に入れなくなっていった。
最終的には、そこにいられなくなった。
そこではじめて気がつきました。
本音をそのまま言えばいいわけじゃない、と。
まあ、もっと早く気づこうよって話ですが・・・。
人に合わせることを覚えた
途方に暮れて、本屋に行きました。
そこで人付き合いのための本を購入。
「笑顔でいると、相手も笑顔になる」
「相手の仕草を真似ると親近感が生まれる」
みたいなことが書いてあった。
その後、人付き合いの本を何冊も読んでいきました。
まず相手をよく見ることが基本です。
ぼくはもともと、親の顔色をうかがうのがクセになっていたので、観察することは慣れていました。
その観察眼を、外の人間関係でも使っていった感じです。
例えば、以前の職場で上司が変わるたび、その人の動作をトレースしていました。
親指をこすったり、歩くときに人差し指と中指をピンと伸ばしていたり。
その仕草を自分でやってみて、どんな感覚でやっているのかを確かめる。
相手の感覚や言動を自分の中に取り入れていくと、
相手に受け入れられやすくなります。
一見すると問題なくなじんでるように見えるんですが、これ、ぼくにとっては過剰適応なんです。
めっちゃ疲れる。
短期間ならいいのですが、長くなると、だんだんしんどくなっていきます。
だからぼくはどこかのタイミングで、フェードアウトすることを繰り返してきました。
公務員を辞めるときも、先輩から屈託なくこう言われました。
「お前は上からすると使いやすいのに、なんで辞めちゃうの?」
その言葉が、ぜんぶを表してると思っています。
みんな、本音を隠しながら生きている
言葉も同じです。
消毒して、オブラートに包んで届けるようになっていった。
その過程で、本音はどんどんそぎ落とされていきます。
「よくみんな平気な顔して生きてるな」と、心底不思議に思っていた時期がありました。
自分以外の全員が、すんなりと社会に適合しているように見えたからです。
もちろん、誰にでも悩みがあることくらいは知っていました。
でも本当にそうなのか、半信半疑だったんですよね。
その後、産業カウンセラーの養成講座を受講しました。
そこで受講生同士でカウンセリングの練習をする時間があったんです。
相手の話を聴く中で、陽キャに見えていた人が、ビックリするほどいろいろ抱えていることがわかりました。
そのとき初めて実感しました。
平気で生きている人なんていない。
表に出していないだけ。
自分だけが言葉を隠しているわけじゃありませんでした。
過去の自分を素材にする
ぼくもあなたも、きっと本音を隠しながら生きています。
だからぼくは、作品の中にだけは、元の感覚を残したいと思っています。
MV「ビブラート」には、昔の自分が作ったものをたくさん入れ込みました。
まず、18年前のメモを元に、思いつく言葉を書き出しました。
それをAIに渡して、歌詞っぽいリズムに整えてもらう。
出てきたものを自分でまた直す。
その繰り返しで、歌詞になっていきました。
映像の一部にも、昔作ったものが登場します。
ひとつは、ボールペンでシャシャっと描いた人型のシルエット。
そのままで見せると引かれそうな、不気味なやつです。
それをMVの中の「消毒」シーンに使いました。
もうひとつは、大学時代に描いた、ニコニコ笑顔の油絵。
当時、平気な顔をしている(と思っていた)人たちの象徴として描いたものです。
でも同時に、ぼく自身もそちら側になっていた部分がありました。
MVに登場するキャラクターのよし子も、大学生のときに生まれたキャラを復活させたもの。
こうして昔のものを入れると、作品への愛着が増すんです。
愛着が増すと、もっと良くしたくなる。
もっと良くしたくなるから、手間をかける。
結果として、AIだけでは作れないものになる。
でも、それだけではありません。
昔のメモや絵には、その時代の自分の感覚が閉じ込められています。
今の自分では思いつけない違和感や、
今なら恥ずかしくて書けない言葉が残っている。
だから過去の自分を素材にすると、自分でも予想しない方向へ作品が動き出します。
AIで素材を活かすことはできる。
でも素材そのものは、自分の中にしかありません。
だからぼくは、新しいアイデアを探すより先に、昔の自分を掘り返します。
あなたにもありませんか。
捨てられないノート。
昔描いた絵。
書きかけの日記。
誰にも見せていないアイデア。
それはAI時代において、あなただけの素材になります。
本音と社会のあいだに
昔のぼくには、二択しかありませんでした。
本音を出す→引かれる。本音を隠す→自分が消える。
AIが入ると、その間が作れます。
全部出すでもない。全部隠すでもない。
芯だけ残して、届く形に変えられる。
本音を素材として入れた上で、届く形にできます。
そのままじゃないけど、ちゃんと自分がいる。
ぼくにとってAIは、作る道具でもあり、フィルターでもあります。
届かなかったものが、届き始めた
MV「ビブラート」も、そういう実験のひとつでした。
そのままじゃ届かなかったものが、少しずつ届くようになっている。
公開後、こんな感想をいただきました。
この感想、すごくうれしかったです。
心が動いてくれたこと。
ずっと抱えてきた感覚が、ちゃんと誰かに届いたこと。
もちろん、作品は本音そのままではありません。
消毒もしたし、オブラートにも包んだし、ビブラートにも乗せた。
でも、芯だけは残っていた。
だから届いたのだと思っています。
少なくとも、捨てきれなかったものは作品になりました。
ぼくは18年前のメモでした。
あなたは何ですか?
昔描いた絵かもしれない。
下書きのまま放置した記事かもしれない。
誰にも見せなかったアイデアかもしれない。
捨てられなかったものには、理由があります。
もし押し入れやPCの奥に、ずっと残っている何かがあるなら、
一度引っ張り出してみてください。
ぼく自身、18年前のメモからMVが生まれました。
次は、あなたの番かもしれません。
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ではでは!







過去の素材がとても素敵に作品の一部になっているなあと思いました。✨
私も昔々の創作メモを最近見返していまして,それを使って何か作ってみたいな、という気持ちになりました☺️
よかっぱさん、はじめまして!なんだか、自分の昔のノートを思い出しました。
当時は意味が分からなくても、後から宝物になることってありますね。
とても好きなMVと記事でした😊